2011年1月11日火曜日

5日目、シアトル・ワシントン大学

道路が凍っていない温度であることを確認して、朝目覚めた。シアトルへ行くことが決まっていたからだ。シアトルへの道は凍ってしまうことが多く、交通量も多いため危険な道。朝の気温が高かったことを確認し、安心して仕度を。

何もない雪の中から、いきなり巨大な街シアトルが現れる。シンボルであるスペースニードルや、フットボールスタジアムに見とれることはもちろんのこと、乱立する高層ビルにも目を奪われる。高層ビルの多さに、シアトルに対する印象が逆さまのものに。

巨大なビルを抜けたかと思うと、目の前にまたも巨大な建物が一つ。ワシントン大学のビジネスセンターだ。ワシントン大学はこのあたりでは有名校。そして、マンモス大学。キャンパスを見渡しても、人、人、人だらけ。

比較をして、優越感に浸るのはよくないが。留学先がウイリアムアンドメアリーでよかったと、心から感じた。巨大大学では、人種によるグループが出来ていた。実際にワシントン大学の友人に訪ねても、人種のグループがあるようだった。ウイリアムアンドメアリーは小さい大学であるため、人種で固まることがない。だからこそ、自由な発想、多くの刺激をもらえる。

2011年1月10日月曜日

4日目、峡谷巡り

ポートランドの峡谷巡り、凍った滝を見に行こう、と誘われ、見に行くことに。

昨晩のビアポン遊びのために、朝はなかなか起き上がることができない。正午になり、さすがに起きなければと、無理やり起こして朝シャンを。

ポートランドに来てから、体にしみる寒さを味わっていなかったが、峡谷巡りに向けて重装備で臨んだ。車の中からも峡谷の先端を見たり、湧き出る水を見たり、近づくにつれて期待が高まる。この峡谷はポートランドにとって重要なものであり、小学校では必ず習う。一回の巨大な氷河によって削り取られたため、荒々しい形をしているとのこと。

アメリカにもこんなに自然を感じる場所が都市の近くにあったとは。圧倒的な自然の前に、感動と驚き。氷河によって削り取られた荒々しさと、表面の苔の静けさが共存する。そして、全てを打ち消すような大きさの滝が、その峡谷の間から地面を打ちつける。地面に打ち付けられ頭上から降りつける水の量が、滝の力を物語っていた。降りつける水を感じているうちに、寒さが襲ってくる。重装備で臨もうとも、周りは水が凍るくらいの気温。しかし、この寒さが神秘さを強調させた。自然の力の強さ、新鮮さ、都会にいては忘れてしまう感覚を取り戻す気がする。周囲にいる観光客も、静かに自然を感じるように観賞していた。アメリカ人のイメージ、観光名所ではしゃぐ子供のような人々という勝手な固定観念を壊され、自然の偉大さ一層感じた。

真冬に見るこの景色と、夏に見るこの景色はどれほど違うことか。友人のジェフの話から想像する以外に方法はないが、夏には避暑地として楽しい明るい雰囲気に景色が変わるのだろう。子供のころによく遊びに来たということからも、家族で遊ぶ風景が目に浮かんだ。夏にも来てみたいな、何度来ても飽きない場所だろう。

アメリカという発展した国、移動のほとんどを車で行い、パソコンが普及し、全自動食器洗い機が当たり前のものになっているこの国でも、やはり自然は大切なのだろう。人間にとって、全ての人にとって、自然の偉大さを時々は感じたくなるのかも。自然の持つ新鮮さには不思議と人を引き付ける魅力がある。日本が持つ自然も、人の手を加え過ぎるのではなく、共存できたら良いな、とアメリカの自然を見ながら思った。

2011年1月9日日曜日

3日目、ダンスパーティ

集まった人の熱気、爆音で流れる音楽、そして人々の叫び声。80年代音楽のダンスパーティ。

音楽の知識は全くなくても、Bon JoviのLiving on a prayerや、Michael JacksonのThriller などの有名な音楽ばかり流れていて、音楽に詳しくなくても全員ノリノリの雰囲気。音楽に合わせて会場にいる人たちが踊り狂うので、時々会場全体が揺れているように感じる。若い人たちだけではなく、20代後半や30代も多く、60歳のおじいちゃんが若い女の子と踊っている光景も。

そんなダンスパーティに、友人のジェフとサム、それとジェフ親族と一緒に行ってきた。会場に着くまでの車の中で、ポートランドの夜景を満喫。ポートランドの首都に入るまでは、自然と一体化したような道路を走っていく。道路の両端に木々が並び、目につく建物はない。街に近づくにつれ、徐々に景色が明るくなっていく。何よりも、暗かった風景の中に、街にかかる橋がライトアップされ出てきた瞬間は、圧巻だった。首都の明るさにつながるように、照らしだされたブリッジ。橋を超えると、東京ほど高い建物はないが、古い建物が共存しているポートランドに到着した。

美味しい酒と、溢れだす音楽、という噂通りの街、ポートランド。入ったバーでは、美味しい酒を飲み、酔いが良い感じになったところで踊りに。80年代風の格好をしてくれば、と少し思ったが、周りの格好を見て安心。80年代の格好は、キラキラのゴールドの飾りを体中につけたり、膝まである靴下とショートパンツを履いたりと、自分には真似できないものだった。

会場へ階段を上がっているときから爆音の音楽が聞こえていたが、入った瞬間に会場からこぼれるほどの熱気。3面の巨大テレビに80年代PVが流れ、会場にいる全員が踊り狂っていた。最初は恥ずかしさというか、会場の雰囲気にのりきれずにダンス出来ずにいた。若い自分たちが乗り切れないでいると、ジェフの伯母がダンス。正直、ダンスうまい。最近のテレビで見るような大きな動きのダンスではなく、その場で腰を動かしながら踊る。どうやったらあの動きが出来るのか、留学中も分からなかったが、今回も分からなかった。日本の踊りと言えば、天才サッカー選手、カズダンスでしょ。ということで、カズダンスを披露。カズダンスで盛り上がる。会場の雰囲気に乗れたら、後は楽しむだけ。音楽に合わせてダンス、そして知っている曲の場合は大声で歌う。気づいたら2時間近く踊っていた。

くたくたになりながらも、楽しい時間。留学中を思い出すようなアメリカライフ。

2011年1月8日土曜日

ポーランド、2日目

時差ぼけがまだ治らない。時差ぼけのおかげで、夜眠れなければ自然に色々なことを考えてしまう。昨日聞いた、厳しい就職状況についての話。アメリカでも日本と就職の厳しさは変わらないことを実感し、その中でもきちんと就職先を見つけている友人たちは賢いんだなと感心する。いや、むしろアメリカの現在経済状況を考えれば、就職状況の厳しさは当然のこと。しかし、現地で聞くのと、イメージだけでは実感が違う。

グローバル化が進んだ現代、近い将来アメリカで働くことになるかもしれない。厳しい就職状況なだけに、自分の能力がなければリーダーとして認めてもらえないだろう。言葉では勝てないかもしれないけど、そのときにはみんなに認めてもらえる「何か」を示す必要がある。その「何か」を、働きながらも常に探していかなければ。

今の日本の価格低下の状況から、アメリカでも価格が安くなっているかと思った。現状ではそうでもないらしい。むしろ、インフレになることを恐れているとのことだった。確かにこの状況でインフレになったら、スタグフレーションになってしまう。余計に経済状況は厳しくなってしまう。個人的なところでいえば、大学に行けない友達がまた出てきてしまう。

スタグフレーションにならないことを祈りながらも、今年からは自分が経済を変える力になれる。最初の一年、二年で何ができるかはわからないが、最初の期間で自分の中で「働く」ことの定義は決まるのだろう。「働く」ということが何を意味するのか、どのくらい時間を割くべきことなのか、プライベートとの境界は。まだまだ何も決まっていないが、理想となるものに、実生活を近づけていきたい。

そんなことを考えていたら、昼ご飯までお腹が空いてしまった。昨日は眠ってしまって何も食べなかったので、今回は初のアメリカ昼食。アメリカらしくハンバーガーを食べに行った。もちろん、日本のバーガーの2倍以上あるものだ。バーガーだけでなく、飲み物もポテトも日本の2倍くらいある。スモールを買ったとしても、日本でいえばミディアムくらいの大きさはある。見た目からしてジューシーで美味しそうだったが、食べてみても最高だった。時々ジャンクフードを異様に食べたくなるのはなんでなんだろう。

2011年1月7日金曜日

ポートランド、1日目

飛行機から降りた瞬間、白銀世界が一面に広がると思っていた。

ジェフの話から、地図で調べた緯度から、そしてニューヨークが大雪だとのニュースからポートランドは大雪のイメージ。なんと言っても、アメリカの北端、それに海にも近いので湿気は十分なはず。

飛行機の中から眺めた風景は、真っ暗で何も見えなかった。しかし、着陸した瞬間に周りの景色が白で覆われていなかった。

ちょっと拍子抜けした気分になったが、飛行機から降りると寒さはイメージ通りであった。やっぱり寒い。

寒さに耐えながら空港を移動する。ジェフのお父さんが迎えに来て、ジェフの家に向かう。久しぶりの英語、久しぶりの風景。住んでいた場所とは違うが、助手席に座っていると全てが懐かしく感じる。マクドナルドやタコベルなどのファーストフード店を見て、心がワクワクしている。心のワクワクというものは風景の見え方を全て変えてしまう。普通のものが嬉しくなるし、汚いものも珍しいと好意的なものになる。

日本に初めて来たアメリカ人が、ごみ箱と写真を取って、満面の笑みを浮かべていたことを思い出す。自分はアメリカではどう思われているのだろうか。

どうせこのワクワクは最初の間だけなので、精一杯楽しむべきなのだろう。

そうこう考えている間に、家についてしまった。ホッとしたのか、飛行機の中で眠ることができなかったのが影響してか、頭の中が真っ白になるほどの眠気に襲われた。2年前は時差ぼけなど感じなかったのに、今回は少し違うな、と思いながら休憩を取らせてもらった。せっかく話す時間をもてたのだから、ジェフのお父さんと色々話したいと思ったが。やはり頭の中が真っ白に近い状態では何も話すことができなかった。

まさか6時間も通しで眠ることができるとは思っていなかったが、それほど疲れていたのだろう。

今回の時差ぼけは少し強いかもしれないからいつになったら元気に戻れるか、少し心配だ。飛行機に乗った瞬間に、時計は現地時間にしていたのに。ただ、この身体の疲れであれば、夜もまたぐっすり眠ることができると思う。それに一緒にいるメンバーがサムとジェフ。二人とも大酒飲みだ。疲れていようが、いまいが関係なく眠ることができるだろう。アメリカで飲む初ビールを楽しみながら眠ることになるだろう。

1カ月、アメリカ旅行スタート

働く前に思いっきり遊んでおいた方が良い。

多くの会社員の先輩から聞いたアドバイスだ。もちろん会社で働くことは楽しいことなのだろうが、学生にしかできないことを懐かしく感じることが多くあるのだろうと思う。大学生の時に高校の部活を懐かしむように、会社員になったら大学の頃を懐かしく感じるのだろう。

それなら、楽しいだけではなく、思い出に残るような残り時間の過ごし方をしたい。自分のなかでやり残したこと、楽しく過ごせそうなこと、そしてこれからやってみたいことを考えてみた。全部にあてはまり、やっておきたいと思ったことがアメリカの友人に会うことだった。

みんなは2年間でどれだけ成長したのだろう。みんなから見て、自分はどれだけ成長したように見えるのだろう。2回目のアメリカは、前回とはどう違ってみえるのだろう。アメリカ人は働くことをどう考えているのだろう。聞いてみたいこと、見てみたいことが一瞬にして山ほど出てきた。

「これはアメリカに行くしかない」

自分の中で、即決できた。

「ポートランドは、最高の場所だ。酒がおいしい、良い音楽が溢れている、おまけに街も綺麗だ。来てみなよ。」

友人のジェフから夏に熱烈なプレゼンを受けていたことも相まって、最初の目的地はポートランドに決めた。そのあとは、ルームメートのサムに会いに行き、大学に遊びに行きたい。最後に、どうせアメリカに行くならニューヨークにも行っておくか、と簡単な気持ちで行き先を決めた。

細かい日程はあまり決まってない。現地に着いてから色々と電話をして決めるのが今までの経験からベストだと感じたからだ。アメリカ人大学生はあまり予定を立てない。だから、かなり前から日程を立てても、どうせ彼らは覚えてない。直してほしい癖だが、郷に入っては郷に従えということで、現地についたら電話をしようかと思っている。

この1カ月間で、日本にいてはできないこと、感じることができないこと、見ることができないことを一杯やって、ニート生活を満喫したいと思う。1カ月間で考え方が変わる、などということは考えていないが、変化への一歩でも踏み出せれば上出来だと思う。日々考えながら、理想の形を追い求めながら生活していくつもり。